私はまだグンマを知らない「山口晃展 画業ほぼ総覧」群馬県立館林美術館(前編)

 1月11日の土曜日の朝、なんどかの乗り換えのあと、東武伊勢崎線多々良駅に向かう車窓には、雲ひとつない晴天のもとに田んぼが広がり、その先に美しい富士山が見えた。ああ、まさしく冬の関東平野だ…。

 

 山口晃(以下「画伯」)は東京生まれの群馬県桐生市育ち。その群馬県館林市にある群馬県立館林美術館で「山口晃展 画業ほぼ総覧-お絵描きから現在まで」が2013年10月12日から1月13日まで開催された。「ほぼ総覧」というだけあって、おなじみの鳥瞰図やCDジャケットや本の装丁はもちろん、幼少のころのお絵かきなど、(たぶん)初公開のものまで、ぎっしり80点あまり出展された*1

 群馬県立館林美術館は、最寄り駅(多々良駅)から徒歩20分ぐらい。館林駅からもバスが出ているが、本数が少ないのでタイミングが合わなければ多々良駅から歩いてしまった方がよい。幸い朝は風もなく、気持ちよく歩いているうちに到着した。

 

 展覧会場(展示室2,3,4)は開館まもなくの時間帯のせいか、それとも土地柄なのか、雰囲気がほかの現代美術の展覧会と違う。どちらかというと地元の産業文化祭のような感じで、かぎ針編みのベストやカーディガンをご着用のご年輩の女性と、そのご夫君、という組み合わせが中心で、そこに絵の同好会らしき女性の集団が加わってきた。この手の展覧会にしては年齢層が高く、あれ?と思っていたのだが、午後に子ども向けイベントがあり、帰り際多くの親子連れとすれ違ったところを見ると、ファミリー層はそちらに合わせていたのかもしれない。いずれにせよ、混んでいるといっても、それぞれの作品を正面から見られるだけのゆとりがあった。ありがたい。

 

作品リストは制作年順、展示は8部構成で、制作年順とは限らない。

 

○山愚痴屋諦堂(やまぐちやあきらめどう)誕生

 東京藝術大学入学*2から修了までの6年間の作品が中心。

○身のおきどころ

 東京藝術大学助手時代の3年間の作品が中心。「こたつ派」(1997年、ミヅマアートギャラリーでの会田誠らとの4人展)のDM原画など。

 画伯の線がどんどん定まってくるのがわかる。あと、ユーモアでくるんだ批評精神はこのころからだったんだな、と思う。初めて見るものも多く、ここだけで随分時間を使って見ていた。

 特に、「今様遊楽圖(いまようゆうらくず)」(油彩・カンヴァス)と並べて展示された「今様遊楽圖」(下図)で、どのような色をしているのか、建物のパースの描き方が見て取れる。色は記号(イ(紫)、ロ(黒)…)のほか、「ローアンバー」「ラムプブラック4+ウルトラマリン6」など。手前に描かれた山は吾妻山(481m)という設定まであったのかこれ。

 

 ○ものがたる絵画

『獏園』澁澤龍彦平凡社ホラー・ドラコニア少女小説集成5)の挿絵原画が掲載順に展示。うち、2枚の性的表現の一部を「館長判断」と「学芸員判断」でマスキングしてあった(紙帯に画伯イラストで館長「子どもさんもみに来るコトを考えますと、出さない方向でお願いしたい」画伯「ハァ…」、学芸員「わたくしはコレはチョット…」画伯「ハァ…」)。これは図録ではどうなるのかなあ。

私と20世紀のクロニクル』(ドナルド・キーン 著 角地幸男 訳、2007年 中央公論社)挿絵原画もここで展示。

 

  山口晃と桐生

 幼少の頃のお絵描きから群馬県立桐生高等学校文芸部部誌『洋燈』(ランプ)第4・5・6号(エッセイ、創作、表紙)、スケッチブックなど。画伯3歳10か月のころに描いた蒸気機関車の絵から始まるこどもの頃のお絵かき、に添えられたお父さん?のメモ書き「このころ数字は下から書いていた」などがいい。年代的に美大受験のころに描かれたとおぼしき習作(油彩)、それから、板絵「神鳥圖(しんちょうず)」(1996年)は障子の枠の下の方の板部分(だったと思う) に描かれたもの。木目を活かした絵となっているのも目を引く。こうした地元ならではの参考資料などは、他の会でまた見られる可能性は低いのではないか。

 

ここまでのどこにあったか失念したが、「頼朝像図版写し」(1999年 油彩・カンヴァス 図録2冊)も見た。『ヘンな日本美術史』(2013年 祥伝社)で、子供の頃から『原色日本の美術』で何度も眺めていて、大人になって初めてこの頼朝像の実物を見た時、大変がっかりした経験を元に、色調の異なる2冊の図録からそれぞれ模写したという作品である。図録そのものの退色ぶりも含めて作品なのかとも思う。藝大卒業時の「自画像」(1994年 油彩・カンヴァス)の束帯姿はこれらにつながるこだわりだったのか、とか。

 

後編につづく)

 

 

*1:今回出てなかった作品としては、第4回澱エンナーレ(2013年、そごう美術館)に出てた、小沢剛の「地蔵建立」を彷彿とさせるもの(タイトル忘れた)とか、安住紳一郎の日曜天国の絵はがき(2010年、4枚)(TBS RADIO 954 kHz > 安住紳一郎の日曜天国 にち10オリジナルポストカード http://www.tbs.co.jp/radio/nichiten/card.html)の原画とかは、見たかったなー

*2:某私立美大で1年学んでから東京藝術大学に入学している。学生時代にどのような模索ををしたかは、2008年6月14日にフェリシモが主催した講演会で、画伯が自ら語っており、これが面白い。(山口晃さん(現代美術家)レポート|神戸学校|フェリシモ http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2008/06/post-9276.html